2026年3月8日 巻頭言

 キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。

ピリピ人への手紙2章6~8節

①神のへりくだり
 イエス様は神であるにも関わらず、神としてのあり方を捨て、人となってこの地上に来られました。それは私たちを救うために、ご自身の持っている神として権力を捨て、私たちに仕えられたという事です。愛するとは自分を与える事であり、自分を制限すると言えるのではないでしょうか。神であるイエス様がご自身を制限し、十字架にかけられるという最底辺までへりくだられた。そこに神の愛があるのです。
②私たちのへりくだり
 この神の愛を信じ受け取る者は、イエス様に倣ってへりくだることが勧められています。特にパウロはここで「人」に対してへりくだり、お互いに相手を敬う謙遜さを持ちなさいと教えています。
 私たちがへりくだるヒントは「弱さ」です。私たちの持っている弱さは必ずしも悪いものではありません。むしろ弱さがあるからこそ他の人に共感することが出来、へりくだり、仕えることが出来るのです。パウロも自身の弱さについて、自分が謙遜になるために必要な物であると受け取り、むしろその弱さにキリストの力が完全に現れると捉えています。(第二コリント12章5~10節)クリスチャンの力はへりくだる時に発揮されます。なぜならそこにキリストの力が現わされるからです。
③へりくだることによる一致
 ピリピ教会には様々な問題がありました。信仰から遠ざけようとする反対者の存在、教会内部の問題。そのような中でパウロは、イエス様のようにへりくだることによって一致しなさい、と教えています。
 心に留めたいことばは「キリストにあって」(1節)です。イエス様を見上げ、その愛にとどまる時に私たちは互いに仕え合うことができ、一致することができるのです。(林)

2026年3月8日 聖日礼拝 式次第


小礼拝  9時 林伝道師
聖日礼拝 11時 林伝道師 榊原姉
 
前  奏
招  詞
会衆賛美 聖歌64 神の賜う愛
会衆賛美 大いなる方に
主の祈り 
交  読 詩篇100篇1~5節
礼拝祈祷 
使徒信条 
聖書朗読 ピリピ人への手紙2章1~11節
説  教 神のへりくだり      林眞光伝道師
会衆賛美 聖歌514 みことばなる
献  金
頌  栄 聖歌376 父御子御霊の
祝福の祈り
 報告
 後奏 感謝祈祷