2026年3月22日 巻頭言
二人はその子ろばをイエスのもとに連れて来た。そして、その上に自分たちの上着を掛けて、イエスをお乗せした。
ルカの福音書 19章35節
早いもので、レント(受難節)の期間も1か月が過ぎました。いよいよ受難週、そしてイースターが間近です。
この朝に開いた箇所はパームサンデーの出来事です。
この日、イエス様がエルサレムに入ったのは特別なことでした。それは、その週に行われる過ぎ越しの祭りの時に十字架に架かるためでした。昔、出エジプトの時代に、小羊の血を家の戸口に塗ることで死の使いを過ぎ越したという、その故事に由来するのが過ぎ越しの祭りです。それはイエス様の十字架の予表でした。
そのような特別な時に、イエス様は子ろばに乗ってエルサレムに入りました。イエス様の時代、貴族など位の高い人がろばに乗ることは珍しくありませんでした。ただ普通は大人(成獣)のろばに乗るもので、成長していない子どものろばを選んだのはイエス様の特別な意図の故です。
イエス様は、真に福音を人々に運ぶ働きを担うのは、この世の小さな存在であることを示したのです。
この世の多くの人々は、力の強いものを求めます。弱肉強食。特に混乱した時代には強いリーダーが求められるものです。
しかしイエス様は、十字架で自らが傷を負い、人々の痛みと苦しみを担いました。人の目には、十字架の死という敗北したような姿に映ります。でも、イエス様は、そのことによって罪人に赦しを与え、救いの道を開いてくださいました。
このイエス様の福音を世に示すために主が必要としたのが子ろばでした。
ろばは、忍耐深く、柔和な動物です。重い荷物を背負ったり、人を乗せて運んだりします。見た目の強さはなく、地味な存在です。けれども、人の生活に寄り添い、暮らしを支えてくれます。主は、私たちが暮らしの中で福音を証し、誰かの生活に寄り添うことを通して福音を現すことを望んでおられると理解できます。
子ろばはヘブル語でアイルです。アイルに関連した動詞ウールは「目を覚ます」という意味です。イエス様は、この世の取るに足りない者、弱く小さな存在を用いることで、この世の価値観に縛られた人の目を覚まし、福音の恵みの豊かさを見せてくださいます。私たちは自らの乏しさを嘆くよりも、弱い者を必要としておられる主の導きに信頼して進みたいものです。
荻野 泰弘 牧師
2026年3月22日 聖日礼拝 式次第
小礼拝 9時 荻野牧師
聖日礼拝 11時 荻野牧師 榊原姉
前 奏
招 詞
会衆賛美 聖歌399 カルバリ山の十字架
主の祈り
交 読 詩篇127篇1~5節
礼拝祈祷
使徒信条
会衆賛美 You are my all in all
会衆賛美 御名を掲げて
聖書朗読 ルカの福音書 19章28~38節
説 教 イエス様を乗せた子ろば 荻野泰弘牧師
会衆賛美 聖歌211 わが身を導く
献 金
頌 栄 聖歌376 父御子御霊の
祝 祷
報告
後奏 感謝祈祷