2022年5月29日  巻頭言

彼は言った。「ヘブル人の女の出産を助けるとき、産み台の上を見て、もし男の子なら、殺さなければならない。女の子なら、生かしておけ。」
しかし、助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が命じたとおりにはしないで、男の子を生かしておいた。

出エジプト記 1章16,17節

 出エジプト記の始まりには、イスラエル人がエジプトで虐げられた様子が記されています。それは罪がどのようなものであるかを示しています。
 罪とは、神を知らないことです(8)。イスラエル人の祖先で、かつてエジプトの宰相として国を救済したヨセフは時のファラオから「神の霊が宿る」(創世記41章38節)と評された人物です。しかし、それらのことが忘れ去られ、神を知らないファラオが治めた時代には、そこに働いた力は自らの保身に生きる自己中心でした(9,10)。この時代のファラオは、自分の立場と権力を守るために不正行為もないイスラエルを虐げました。真の神を知らないところに、他者を苦しめる力が働いたのです。
 ですから罪とは、他者を支配し抑圧することでもあります(11)。それは人の命を奪います(16)。自分の思いを通すために他者をコントロールし、その命や生きる力を奪うのです。
 このように改めて書き出すと、罪がいかに人を傷つけるかが分かります。しかし気をつけないと、私たちは無自覚のうちに人をコントロールし、自分の思い通りに人を動かそうとすることがあります。そのような誤りに陥ることを警戒しなければなりません。
 そのためには、相手が「ノー」と言うことを受け止めることが必要です。逆に自分が誰かに支配されそうになったときには「ノー」を言って身を守ることが大切です。助産婦たちはそうやって生まれたばかりの命を守りました。
 罪は命を奪いますが、神は命を与えてくださいます。神は罪に苦しむ人々を顧みて救いの計画を動かします。かつてイスラエルを救うためにモーセを遣わした神は、のちに全人類の救いのためにイエス様を遣わしました。すでに御救いにあずかった私たちですが、この御方をさらに知り続け、神の救いを世に明らかにしたいと願います。

主任牧師 荻野 泰弘

2022年5月29日  聖日礼拝式次第

第1礼拝 9時  荻野牧師 荻野し兄
第2礼拝 11時 荻野牧師 髙橋美姉

前  奏
招  詞 イザヤ書43章1節
会衆賛美 聖歌28(1~3節)
会衆賛美 大いなる方に(2回)
主の祈り
交  読 詩篇23篇1~6節
礼拝祈祷
使徒信条
聖書朗読 出エジプト記 1章8~2章10節
説  教 苦しむ者を顧みる主
            荻野泰弘 牧師
会衆賛美 聖歌394(1~3節)
献  金 
頌  栄 聖歌376
祝  祷
報告
感謝祈祷  奏楽