2023年7月23日  巻頭言

主はその母親を見て深くあわれみ、「泣かなくてもよい」と言われた。

ルカの福音書 7章13節

 私たちの日常には、悲しみや痛みがあります。人が生きている限り、それを逃れる人生はありません。
 イエス様が訪れたナインという町でも、その日、悲しい出来事がありました。ある母親の一人息子が亡くなったのです。しかも、母親はすでに夫を亡くしており、たったひとり取り残されたのです。(12)。最愛の息子に先立たれたことは、どんなに淋しく悲しかったでしょうか。それだけではありません。当時の女性の社会的な立場と経済力を考えれば、頼みとしていた息子を亡くすことは、母親のこれからの生活も不安でいっぱいでした。
 どの時代においても悲しみや痛みは人に襲い掛かり、その人を苦しめ、将来に不安を投げかけます。人は、それらの出来事の前に成すすべもなく立ち尽くすのです。
 そんな母親に、イエス様の憐れみのまなざしが向けられました(13)。
 「深くあわれみ」という言葉は、直訳すると「内臓が揺さぶられる」という意味です。日本の感覚で言えば、イエス様がはらわたがちぎれそうになるほどに母親の悲しみに共感したということです。この言葉は、ルカの福音書では、良きサマリヤ人(十33)、放蕩息子(十五20)のたとえでも用いられていて、主なる神の罪人に対する深く強い憐れみの心を示しています。
 私たちが礼拝する主は、傷つき悲しんでいる人を心配してくださる方です。そして、助けようと近づいてくださる御方だということです。それはイエス様の受肉と十字架によって示されました。そして、罪人の罪を十字架で背負い、復活された主は、人間にいのちを与える力をもっておられます。そのことを証明するために主はやもめの一人息子を甦らされました。
 主は一人息子を言葉で生き返らせました。みことばには悲しみと痛みに沈む私たちを生き返らせる力があります。主のみことばに触れ、みことばを受け入れる時、私たちも万物を生かす神のいのちによって生かされるのです。

 主任牧師 荻野 泰弘

2023年7月23日 聖日礼拝 式次第

※第1礼拝と第2礼拝で賛美順序が異なります
7月23日聖日礼拝(プレイズサンデー)


第1礼拝 9時 荻野と兄 荻野し兄
第2礼拝 11時 荻野牧師 髙橋美姉

招  詞 詩篇100篇1~3節
会衆賛美 聖歌25
 【第1礼拝】会衆賛美 御手の中で
主の祈り
交  読 詩篇23篇1~6節
礼拝祈祷
使徒信条
【第2礼拝】会衆賛美 花も
【第2礼拝】会衆賛美 御手の中で
 聖書朗読 ルカの福音書 7章11~17節
説  教 慰め主イエス様
           荻野泰弘牧師
会衆賛美 聖歌151
献  金
頌  栄 聖歌376
祝  祷
報告
  後奏 感謝祈祷