2026年2月8日 巻頭言

「キリストを恐れて、互いに従い合いなさい。」

エペソ人への手紙 5章21節


「それはそれとして、あなたがたもそれぞれ、自分の妻を自分と同じように愛しなさい。妻もまた、自分の夫を敬いなさい。」


エペソ人への手紙 5章33節

 エペソ書5章後半から6章の前半には、「夫・妻・子・奴隷」とあるように、家庭生活や社会生活について記されています。
 奴隷は、今の私たちにはなじみません。妻に対して、夫に従いなさいとの言葉も、前時代的に感じるかもしれません。はるか昔に書かれたこの箇所は、私たちに何を語っているでしょうか。
 まず心に留めたいことは、この箇所が教えているのは〝秩序〟についてです。家庭は役割分担で成り立ちます。もしも親が子どものようで、子が親のように振舞うとしたら、その家庭は機能不全に陥ります。残念なことに、現代では家族の役割が混乱している家庭が少なくありません。家庭に限らず、どんな組織・共同体でも役割分担は肝心で、それが健全に果たされるとき、その組織はうまく機能します。
 妻・子・奴隷には従うことが求められていますが、それは家庭には責任者・家長が必要ということです。それが一般的には夫・父であるということで、場合によっては、女性が家長の役割を担うこともあるわけです。肝心なのは、誰が責任者であるかが明確であるということです。
 次に、この箇所を読み解く手掛かりとしたいのは、21節「キリストを恐れて、互いに従い合いなさい」です。ここで用いられる「従う」という語は、「身を下に置く」という意味です。口語訳聖書などでは「仕える」と訳されます。「従う」というと、 主従という言葉があるように、お互いの位置関係としては上下を連想します。ここで聖書は「互いに従い合いなさい」と言います。相手に対して、お互いに自分が低い姿勢を取ることが望まれるということです。人は、相手の上に立とうするものです。 キリストの弟子たちは、誰が一番偉いかと言い争いました。それに対して、イエス様は彼らの足を洗い、仕える姿勢を示しました。その背後にあったのは愛であり、その究極は十字架でした。愛のゆえに相手の成長を願って自らを相手に差し出して仕えたとき、弟子たちは成長しました。ここに私たちが追い求める生き方があります。

主任牧師 荻野泰弘

2026年2月8日 聖日礼拝 式次第


小礼拝  9時 荻野牧師
聖日礼拝 11時 中西と兄 榊原姉
 
前  奏
招  詞 黙示録19章5節
会衆賛美 聖歌504 きたれ友よ ともにイエスの
会衆賛美 イエスの血潮で
主の祈り 
交  読 詩篇107篇1~9節
礼拝祈祷 
使徒信条 
聖書朗読 エペソ人への手紙5章21~6章9節
説  教 互いに仕え合う関係 荻野泰弘牧師
会衆賛美 主はぶどうの木
献  金
頌  栄 聖歌376 父御子御霊の
祝  祷
 報告
 後奏 感謝祈祷