2021年11月14日  巻頭言

「イエスは答えられた。「ああ、不信仰な曲がった時代だ。いつまであなたがたと一緒にいなければならないのか。いつまであなたがたに我慢しなければならないのか。その子をわたしのところに連れてきなさい。」

マタイの福音書 17章17節

 17章には山の上と山の下の出来事が描写されています。
 山の上では、天上を思わせる荘厳な出来事と主への礼拝がありました。イエス様は光り輝く姿へと変わり、そこに旧約聖書を象徴するモーセとエリヤが現れたのです。立ち会ったペテロたちには衝撃的な出来事でした。彼らが跪いて主を礼拝し、恐れおののいたのは無理もないことでしょう。
 ルカの福音書によればイエス様とモーセ、エリヤが語り合ったのは、イエス様の十字架についてでした(ルカ九31)。
 私たちの主は天でも罪人のために心を痛め、罪人を救うことに心を向けてくださる御方です。そして自ら天から下り地上に来てくださいました。アドベントを迎えるにあたり、主の献身を思いましょう。
 また礼拝の場で十字架が語られたように、礼拝は主の十字架と復活を想起する場です。私たちもその心をもって礼拝しましょう。
 山の下には苦しむ人の姿がありました。主は苦しむ人々を救うために地上に降られたのです。苦しむ人のそばには弟子たちがいました。今は教会という形で私たちキリスト者が遣わされているということです。
 このとき弟子たちは悪霊につかれた子どもを助けることができませんでした。弟子たちにはすでに病人を癒し悪霊を追い出す霊的な力が付与されていました(10章)。それを行使できなかったのは、彼らの訓練が足りていなかったからです。
 私たちの周りにも罪の世に苦しむ人がいます。地上には罪による様々な問題が満ちています。そこに主の救いを届けるためには、私たちも学び続け訓練される必要があります。教会は祈りとみことばをもって問題に対処することが大前提ですが、誤った精神論のように唱えられて自己満足に陥るならば主の救いと助けをこの時代の人々に届けることができません。
 地上に来られた主は「わたしのところに連れてきなさい」と仰います。その言葉は、今の時代は教会が託されていることを覚え、私たちも世に目を向けましょう。

主任牧師 荻野 泰弘

11月14日  聖日礼拝 順序

第1礼拝 9時  穂谷牧師 荻野し兄
第2礼拝 11時 荻野牧師 美名子姉

前  奏
招  詞 ハバクク書2章20節
会衆賛美 聖歌28(1,2節)
会衆賛美 御手の中で(1回)
主の祈り
交  読 詩篇127篇1~5節
礼拝祈祷
使徒信条
聖書朗読 マタイの福音書 17章1~20節
説  教 その子を連れてきなさい
          荻野泰弘牧師
会衆賛美 聖歌518(1,2節)
献  金 
頌  栄 聖歌376
祝  祷
報  告
児童祝福式
感謝祈祷  奏楽