2024年1月7日  巻頭言

なんと幸いなことでしょう。
その力があなたにあり 心の中に シオンへの大路のある人は。
彼らは涙の谷を過ぎるときも そこを泉の湧く所とします。

詩篇 84篇5,6a節

 元日には大地震が能登半島や北陸地方を襲い、その翌日には私たちのすぐそばで飛行機の衝突事故が起こり、新年早々に世間を不安に陥れる大きな出来事が連続し、心が痛みます。私たちの住む世界は、一寸先が闇で、いつ、どんな不幸に見舞われるか分からないのだと痛感します。
 しかし、これが世界の現実です。私たちはこの世界を生きていかなければなりません。
 年頭に私たちの群れに掲げられた聖句には「主のあわれみは尽きない」とあります。聖書が教えているのは、私たち信仰者の人生とは、なぜ?どうして?と、思う出来事の 真っ只中にあっても、神が回復してくださると期待できるということです。そこに、希望を抱くことができるのです。
 どんな人でも、トラブルを一切抱えず、失敗もせずに、順風満帆に人生を送ることはできません。地上を生きるとは、誰しもが、時には嵐の中を進むような苦労を経験するものです。それは容易ではないですが、そうした経験がその人の品性や人格を練り上げ、大人へと成長させてくれます。残念なケースは、物事がうまく行かないときや挫折を経験したときに、それを認めずに人のせいにしたり、理想ばかりを追い求めて地道な生活から逃避することです。そのような人は成長がありません。
 詩篇84篇は、ダビデ王が命を狙われて荒野を彷徨ったときに気持ちを歌ったものとも、バビロンに捕らえ移された人々の歌とも言われます。いずれにしても共通するのは、困難の中で神が回復してくれることを期待しているということです。自分の力ではありません。自分の限界を認めて、神の力に期待するのです。5節の「力」とはヘブル語では「砦」「隠れ場」という言葉に通じます。つまり「神が私をかくまってくださると期待する人に、神の力は注がれる」と理解できます。そのような人は「涙を流しながら通る試練の道にあっても、人々を潤す存在になるのだ」というのです。そういう意味で信仰者とは、不安を抱える人々に神の恵みを示す存在なのです。

主任牧師 荻野 泰弘

2024年1月7日 聖日礼拝式次第

第1礼拝 9時 荻野牧師 荻野し兄
第2礼拝 11時 吉田潔兄 髙橋美姉

前  奏
招  詞 ハバクク書2章20節
会衆賛美 聖歌392
会衆賛美 鹿のように(左頁下段)
主の祈り
交  読 詩篇46篇1~11節
礼拝祈祷
使徒信条
聖書朗読 詩篇84篇1~12節
説  教 回復の望み
荻野泰弘牧師
聖  餐(第2礼拝)
会衆賛美 聖歌651
献  金
頌  栄 聖歌376
祝  祷
報告
二十歳の祝い(第2礼拝後)
  感謝祈祷  奏楽
※第1礼拝は礼拝後に聖餐式