2020年2月9日 巻頭言
「このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。」
ネヘミヤ記 1章4節
バビロン帝国が滅びペルシャが世界を支配する時代になると、イスラエルの民は故郷に帰ることが許され、三回にわたって帰還がなされました。ある時、ネヘミヤは、エルサレムから来た親類ハナニから、帰還したユダヤ人や同胞は非常に荒れ果てた地で困難の中、そしりを受けていること、そして、エルサレムの城壁はくずされ、門も火で焼かれたままの状況であることを聞かされます。
ネヘミヤはその苦しみを自分の苦しみとして受け止め、涙し、断食し、真剣に神の前に祈っています。彼自身は、ペルシャの地で王の献酌官として確かな地位と、安定した生活を営んでいました。ある意味、自分の住む地とは異なる遠い異国の地での現実でした。
しかし、ネヘミヤはそれを自分の事として受けとめ、祈っているのです。その祈りは、神がどのようなお方であるのかの宣言から始まります。次に彼は、罪の悔い改めを祈っています。それはイスラエルの民が歴史の中で神に逆らってきたことを悔い改めています。また、ネヘミヤは神がイスラエルの民と約束してくださった契約に基づいて民の救いを求めたのです。
その後、ネヘミヤは、王の前でエルサレムへの帰還を願い、それが赦されます。彼は自分が祈った祈りに自らが答える人でした。神の前に自分をささげるこのような人物によって神の働きは始まるのです。彼は、今、しなければならない事を知りそれに着手したのです。今日とは、すぐにとの意味です。神が自分に与えてくださる使命を知った時、今、しなければならない事を今、実行する実行力をもった人物でした。私たちは、主の重荷を負って歩むものでありたいと願います。
主任牧師 石田敏則